おもてなしの志

江戸時代からの「おもてなしの志」を現代に現そうと、『御師の家』では「御師の米」や「伊雑浦の御塩」などを、伊雑宮へ参拝の皆様へお渡ししています。『御師の家』を運営されている森さん自らがお作りになっている品々です。個人による活動ですので、数には限りがございますが、ご参拝の際は是非お立ち寄りくださいませ。(管理人より)

黄金餅

地元で古くから作られてきた「黄金餅(こがねもち)」。寒い時期に保存食として作り、4月頃から春の農作業用のおやつとして食されてきました。くちなしで色をつけた黄金の色がめでたいことから、今では2月頃からお客様へお出ししております。(管理人より)

「御師の米」

  江戸時代伊雑宮は、奉行所に届けることなく自由に参拝(参宮)する事が出来ました。

それだけに多くの人々は「まずしく」、伊雑宮講、いそべ講の講参(こうさん)、代参として御師の「おみちびき」でお参りにおいでいただきました。お帰りに御師は「無事にお国へ」「また来年も来て下さい」と僅かな品物を「おもてなし」としてお渡ししていました。この御師の米は、その志を現代に現したものです。

「伊雑の浦の御塩」

その昔、奈良を出て80年、ヤマトヒメさんご一行は、的矢湾より船を進め、伊雑の浦の入り口でお昼となり、奈良へ御塩を届けていた浜でお食事を召し上がられました。

その浜を「いばま=飯浜」と名づけ今に伝えています。

そして伊雑の浦を更に奥へと進められお着きになった所が「かみの里=上之郷」で真鶴、稲穂との出会いがあり、この地(上之郷)にアマテラシマススメラギノ大神(おおみかみ)を伊雑宮としてお祭することになりました。

今、志摩市では「里海」(さとうみ)をテーマに活性化にはげんでいます。その志を形に現し、伊雑の浦の潮を自宅で製塩して、ご来訪の方々へのおみやげ、おもてなしとしました。

「伊雑皇大神(いぞうこうたいじん)」と

 「太一(たいち)」のおふだ(札)

伊雑宮の御祭神(ごさいしん)はアマテラシマススメラギノ大神(おおみかみ)です。

その昔、御師が伊雑宮講=いそべ講を作り、お参りに「おみちびき」するさい、掛け軸やおふだに「伊雑皇大神」の名称を使いました。

また、古えの時代から、太一とは繁栄と安全を祈願する表示としてきました。

伊雑宮・御田植え祭(おみた)の竹取神事のゴンバウチワ(お祭に使う大きなうちわ)の宝船にも太一が用いられています。

今も昔も人々の願い、繁栄と安全に変わりはなく、その願いをおふだ形式の名刺版にこめて、おもてなし、みやげの一つといたしました。

 

●御師の家

住所:三重県志摩市磯部町上之郷407

(伊雑宮の北隣)

電話:0599-55-0740

御師 森 和夫

 

不定休 

※個人のボランティアによって運営されておりますので、電話に出られないこともございますことを、ご理解いただけましたら幸いです。

●このサイトの管理人

森さんと私は、平成22年から志摩市伊雑宮周辺地区(まちづくり)構想を作成する時に、地元の方、コーディネーターという立場でお逢いしました。

そこで、意気投合し、森さんが自費で考えられた「御師の家」づくりにご協力し、それ以降アドバイザーとして、また一人のファンとしてお付き合いが続いています。

今、上之郷伊雑宮地区は伊勢志摩の一の宮伊雑宮を中心に悠久の歴史をもつまちとして史まちづくりを進めています。

これから、伊勢志摩においでになる時には、是非伊雑宮そして御師の家にお立ち寄り下さい。

御師を先祖にもつ森さんが「おもてなしの気持ち」をもってお待ちされています。

平成26年3月1日

(株)都市環境研究所三重事務所

五十子修

 

●(株)都市環境研究所ホームページ

●特に管理人注がついていない文章は、御師の森さんによる文章を掲載しています。